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南柯そう/仲村のなんとかその日暮らしログ

2025年7月28日 この範囲を時系列順で読む

あのアレどこ更新しました上半期振り返り

あのアレどこ更新しました上半期振り返り

あんだけ読み返したのに公開後1分で誤字をみつける。もうだめだ。

https://anodoko.net/blog/

集計記事とはまた違う意味で気を張るんですけど、好き勝手書いていいという意味では気楽です。

ただ、データ面では嘘をつけないのと、何かへの攻撃にはならないようには慎重に書いているつもりです。投稿5分前になって消した段落とか結構ある。

あと長くなりすぎるので消したデータも結構あります。記事かくたびにそういう取りこぼしがぼちぼち発生して、それはそれで別記事だしたいくらいにたまってる。でも時流が過ぎちゃってもう無理ってネタも多い。

でもなー、コミケの50周年記念調査の公開前に、前回までの調査データの振り返りはやりたいんだよなー。どうにか滑り込めないかなー。

お前の分析だいたい的外れだぞ! って意見については全面的に賛同します。私もそう思う。全然的を射ない。できるだけ的に寄せるように頑張ってはみたけどすまん。嘘や妄言ではない範囲にするのが精一杯です。

気がついたら同人誌制作のスケジュールがヤバくなってきたので、秋にかけてはSNSの個人アカウントへの投稿も少し大人しくなると思います。進捗は出します。あと趣味の絵は息抜きに書きます。画材も買います。やるぞ。

#あのアレどこ

2025年7月20日 この範囲を時系列順で読む

映画「スーパーマン」をみてきた

映画「スーパーマン」をみてきた

夏休みが始まり映画館の開場も朝7時に早まり、文字通り朝一の回でスーパーマンみてきて序盤からありえんくらいべっしょべしょに泣き腫らしてしまい、帰ってきても思い返しては涙が出てきて泣きすぎて頭痛がでて寝込んで休んでいまここです。



https://wwws.warnerbros.co.jp/superman/

誰もが知る「ヒーロー」といえばこの、説明不要のスーパーマン。実写映画でも時代ごとに何度もリメイクされ、その時その時のヒーロー像を描いてきたモチーフでしょう。私も80年代のクリストファー・リーブ版から始まり、近年のマンオブスティールまで、その間に合ったいくつかの作品も含めて数年おきに彼の姿を見てきました。

それぞれに良いところも悪いとこも思うところはあるけど、今作でなにがこんなにびーびー泣いてしまったかって、映画の中で描かれる人々の姿に感銘してました。

序盤、初っ端から苦戦するスーパーマンに一市民の男性が「あんた俺を助けてくれただろう」といって駆け寄って助け起こす姿にまずぶわっと高まり、彼のその後の顛末に悲しくて悔しくて涙し、同じく作中で彼の死を悔やむ人々にまた泣いてしまい、最後の一幕で新聞に彼の写真があることにとどめさされてしばらく立ち上がれなくなってしまう。

そう、彼が、彼のような、ひ弱で素朴で、けれど誰よりも強い人が居るから、私たちはこの世界をあきらめきれない。この世界には善性があるんだって信じたい。彼がいたからあの戦争を止めたいと強く思うし、世界が平和であってほしい。まさに彼があの世界の戦争を止めたんだ。

今作のスーパーマンが人一倍「人間くさい」と評されるのをしばしばみますが、個人的にはスーパーマン自身は別にいつもだいたい同じ悩み方をしていて、それこそ歴代でも最も「神聖視」が強調されたマンオブスティールと今作も大きな差を感じないというのが正直なところで。じゃあなにがそんなに違うように見えるのかといえば、スーパーマンとその周囲の人間の距離感や描き方では、と思うんですよね。

強大な力と孤独な立場と、時に柔らかすぎる優しさがスーパーマンの共通要素と思いますが、今作ではその彼の周囲にヒーローにしろ普通の人間たちにしろ、スーパーマンとは違う形で、でもちゃんとそれぞれの立場で世界のために行動する人たちがいる。それがスーパーマンの孤独さを相対的に薄めているんじゃないかと思います。

利益重視の企業所属ヒーローたちでも実利を超えた正義感で人を助け、お気楽そうに見えた人も聡明に行動し、クラークの両親は「親は子に役目を与えるのではなく、手段を用意するだけ」と言って生まれからくる呪いを解いて息子の背中を押し、ジャーナリストたちは報道の力で悪を刺す。

それはスーパーマンとは違う、スーパーマンにはできない戦い方で世界を良くしようとする人々でもある。それがこの映画の最後にスーパーマンが語る「みな本当は強い人間であるんだ」という言葉の証明になる。

逆にいえば、マンオブスティールはじめとしたDCEUのスーパーマンは友達がいなさすぎるんだよな……周囲のヒーローたちも距離置いてくるしさ……その距離感があの映画の「神聖視」の中身だよねと。それはそれでわかるものではあるんだけども。

それ以外では、今作のヒーロー像としてめちゃくちゃ「人命救助」にフィーチャーしてたのが良かったですね。近年のアメコミヒーローものといえばマーベル映画シリーズですけど、最近は「世界を滅ぼしかねない巨悪を倒す」とかは毎回やってますが、「いま危機にある人たちを助ける」シーンが年々少なくなってきてるような……今作は「でもヒーローのヒーローたる所以とは、窮地にある誰かを助けることではないのかよ!」という気概があって良かったです。

そんなマーベル映画も、最初に登場した2010年初頭はさらにその前時代に席巻していたダークナイトやX-MENのような「シックでダークなヒーロー像」に対して、「状況はシリアスでも、根っこに陽気さ明るさを持って世界を助ける」というヒーロー像で差別化し成功した例でもあったんですが、いままたそのヒーロー像が更新されているタイミングに来ているのだなあと感慨深くなりました。

今作の監督がマーベル映画で一躍注目されたジェームズ・ガンであるというのも、めぐりあわせを感じるところです(ジェームズ・ガンが過去の発言が問題視されて、一晩でディズニーから契約切られたときはびっくりしたな~)

今作のスーパーマンはまさに「今」のヒーロー像で、作中で描かれた侵略戦争は明らかにイスラエルによるパレスチナ侵攻を示しているよなあと。

作中でも侵略国家とアメリカ合衆国は「友好国」とされており、アメリカ企業はこの国に格安で武器を売り出し後援している。「侵略側にも言い分はあるし」と渋る世論に対して、スーパーマンは「いまそこで人々が殺されそうになっているんだぞ!」と一括する。

そう、そうなんだよ、複雑な背景があるからって、でもいまそこで武装した軍隊に、巨大な資本に、無差別に殺されている市民がいる。それを止めることに何の理由がいるのか。虐殺を止めて、「虐殺をしない」としたうえで問題の解決に進みましょうって。その心は止められないでしょうよ。

ひとつ思い出したことがありました。東北大震災が起きた直後に書かれたブログ記事で、「おそらくこの災害を描いた絵がこれからいっぱい生みだされるだろう。そこには既存のヒーローたちが駆けつけて、人々を助ける絵が描かれるだろう。でも、現実に、津波に飲まれたその瞬間にヒーローたちはいないんだ」という主旨が淡々と書かれていたのが印象的で、今も災害報道を見るたびそれを思い出すし、昨年の能登地震を被災した時にも思い返していました。

確かにそうなんだと思う。フィクションのヒーローたちはいなくて、戦争も災害もそうだし、私がむかし事故にあった瞬間も助けにくるヒーローはいなかった。

でもさ、決定的に助けられる人はいなくても、それでも助けたいっておもうんだよ。助けたいと思ってくれた見も知らない人が駆けつけてくれたから、私もいまここに生きていられる。つらい立場の人が居ることを知って、何かできないかと自然と湧き上がるその気持ちをきっと善性と呼ぶんだとおもうし、「そんな善性が、この世界にはあるんだ」と人々の心に宿すアイコンとしてヒーローたちは生み出されたんじゃないか。そう思うんですよ。

映画見た後、いてもたってもいられなくなってガザ支援の募金に少額ながら突っ込んできた。その気持ちをより強くして、選挙も行きました(もともと行く予定だった) 世界平和が早く訪れるようにと改めて祈ります。そういう力のある映画だと思いました。

2025年7月17日 この範囲を時系列順で読む

季刊エス Vol. 90「中村佑介 シゴトバ探訪 とあるアラ子」記事を読んだ

季刊エス Vol. 90「中村佑介 シゴトバ探訪 とあるアラ子」記事を読んだ

わたくし、姉妹紙も含めて十年以上、「季刊エス」を紙媒体で定期購入しているんですが、今回は気になった記事がありました。



イラストレーター・中村佑介さんがインタビュアーとなって、様々なクリエイターに突撃インタビューする連載記事「中村佑介 シゴトバ探訪」。

中村さんはもちろん優れた「絵描き」であると同時に、とにかく言葉での発信にも誠実で積極的な方という印象で、この連載も毎回鋭い意見が飛び交う内容でとても楽しく読んでいます。過去に発行された書籍「みんなのイラスト教室」は、いわゆるご本人の作成手順を記したイラストメイキング本ではなく、絵描きを志す人の技術向上を目指す文字通りの「教本」といった内容で、当時は感銘を受けたし今でも折に触れて読み返しています。

この連載も、単に対談相手の言葉を引き出すインタビュー記事というよりは、中村さん自身が迷っていること悩んでいること、時には社会との軋轢なども踏まえて他のプロクリエイターと意見交換する趣が強い。

今回は「ブスなんて言わないで」を連載中のとあるアラ子さんを相手に、冒頭から「女性がルッキズムで苦しめられているのを理解しつつ、しかし自分たち絵描きも絵の中で美しさを強調し、この苦しみに加担して再生産していないだろうか?」という主旨で、直球の疑問を投げかけています。

正直、木っ端なアマチュア絵描きの自分でさえも、この悩みは常々考えてしまいます。特に自分はオリジナル作品を書きだすにあたって、キャラクターメイクの過程で「この人はこういう役割で、こういう性格だから、こういう外見・名前・出身・生い立ちをしている」という作り方をしており、そこで「……これってつまりは、自分の中の『こういう人とはこういう背景があるものだ』という偏見の発露ではないか?」という悩みにぶつかったことがあります。

今も特段そこに何か結論があるわけではなくずっと悩んでいるし、なんなら二次創作をしているときでも頭に浮かびます。月並みなことではあるけど、そこにある一種の偏見という攻撃性を意識しながら気を付けていくしかない……刃物がないと生活がままならないけど、刃物の扱いは常に気を付けないと自他を傷つけかねないから、と消極的に考えるくらい。

それはそれとして私は昔から洋画が好きなんですが、アメリカ映画はここ20年ほどで価値観の大転換があり、映画の中でも有色人種やセクシャルマイノリティの存在感が大きく変わっていきました。いまでこそ随分定着しましたが、この前時代の過渡期は自分から見ても「あくまで白人中心主義をゆずらないままで行われる『ご配慮』」というような、荒っぽく、傲慢な態度が作品鑑賞を通じてもわかるくらいに蔓延していた時代あったよな~と。実例を見ているだけに、あれは、本当に嫌だなあって思うんです。

その一方で、特に女性運動の文脈にあるフェミニズム映画(とよばれる映画群)も近年はよく見てきましたが、それらは「男性中心社会の解体」という通底したテーマであり、さまざまな社会への洞察に共感と納得する一方で、「それはそれとして、そこにいる男性個人を傷つけたいわけじゃないんだよな」という思いも自然にポップする。

建前として「これは悪しき構造の解体を目指しているわけで、男性という性質を持った誰かを傷つけたいわけではない」とは考えるものの、いうても自分と同じ性質の登場人物の立ち振る舞いや価値観からメタメタにされてるのをみて、男性たちは自分自身と全く切り離して考えられるだろうか。

それこそ、女性に対する偏見や抑圧というものも、同じような形で私を傷つけてなかっただろうか。社会の構造や根付いた価値観なんかどうでもよくて、ただただ私怨を表現を通じてやり返して気分が良くなっているだけの自分がそこにはいないか、と考えてしまう時がある。記事の中でアラ子さんが語るような、冷静になりきれない凶暴性が、自分の中にあるのを自覚します。

中村さんとアラ子さんは「常に記号性を問い直し、時代に合わせて気を付けていくしかない」とは話していますが、それが完ぺきではないこと、そこから外れた人を非難しきれないこと、追いつけない人たちも否定したくないと率直に話し合っていて、そうなんだよなあと頷きながら読んでました。

読んでからしばらくそのことを考えてしまうくらいには、とても意義深い記事でした。おそらくネットには上がらない記事と思いますが、最近の季刊エスは主要ストアの電子版もあるので興味ある方は是非どうぞ。

https://www.s-ss-s.com/s/90

2025年7月9日 この範囲を時系列順で読む

あのどこ更新しました in 星に願いを2

あのどこ更新しました in 星に願いを2

更新わよ

https://anodoko.net/blog/

これでいったん(自分が設定した)上半期分は完了。ぼちぼち振り返り記事を書きます。

イベントの傾向や感じてることはその時に書こうと思いますが、ぼちぼちブログメディアととしても体裁整えていけないかな~と思っている。

実はわたくし、noteにアカウントを持っており、過去にたまたまバズッた記事をいくつか持っているんですが、利用規約が変わったとかで運営から公開停止状態になってるんですよね。記事の中には同人文化に関したものもあって、できれば残しておきたいな~と思ってるので、あのアレどこで再公開しようかなと少し前から考えてました。

あと逆に、最近あのアレどこで書いてる振り返り記事を、noteにも掲載したら読んでくれる人が増えないかしら、とも。その場合は新規でアカウント作るかな~。

急いでないのでいつになるかわかりませんが(このモードの時は平気で数年経ってから動きがち)、まあそういうことも考えてますと。

#あのアレどこ

2025年7月8日 この範囲を時系列順で読む

supercellのMVがアップされたので、

supercellのMVがアップされたので、

特攻が刺さって抜けない。

「ボカロ曲やボカロPをどこの世代まで知ってるか?」とは、もはや世代差が顕著に出る話題ですが、私はsupercellとryoさんがリアタイできた最新情報です。

そこで途絶えてるので、千本桜やカゲプロ、ハチもかなーり後になって知ったんだよな〜。

たぶん自分の中ではsupercellとか、あとスパセルと同じくらい聞いたlivetuneがメキメキメジャーに進んでいくとこ見て、シーンとして満足しちゃったんだと思う。それくらい当時はいっぱい聞いてたなあ。



なので当然これが刺さる。おお……そういえば公式音源上がってなかったか……。

おそらく最も有名だろう「君の知らない物語」の展開も素敵なんですが、この「さよならメモリーズ」の最終盤に向けて盛り上がって、その勢いのまますんっと収束する感じが聞いてて気持ちいい。

めっちゃ聞いてたなあ〜〜まだ探せばアルバムCDあるよこれ。また引っ張り出して聞いてこよう。

2025年7月2日 この範囲を時系列順で読む

あのアレどこ更新しました in 福岡62

あのアレどこ更新しました in 福岡62

投稿しました

https://anodoko.net/blog/

今年2回目の福岡開催。昨年1回だけでしたが回数が戻ったけど、一方で下半期はもうないんだよな~って気持ちも。開催バランス極端じゃないか。

最近はぼちぼち上半期まとめ記事に着手してます。他イベントの動向についても一緒に触れようと思っていますが、際限なく広がっていって困る。

まあ正直「この辺は自分がやんなくても誰かがやってることだから~」と気負わずやります。自分がやらねば! よりも、誰かもやってるから自分は自分の方針でやろう、というマインドセットの方が向いてるので。でもそういう意味だと赤ブーのサークル集計をやってるのって、あんまり自分の向いてることではないんだよな、とふと考えたりもする。ほかにやる人いるならやったっていい。

無為無為。暑さのせいか頭ぼんやりでうまくまとまらんけどそういう感じでーす。

#あのアレどこ

2025年6月29日 この範囲を時系列順で読む

にじそうさく10に一般参加してました

にじそうさく10に一般参加してました

勢いあるイベント行くと元気出るな〜!!!!!!!

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にじそそうさくはVtuber事務所「にじさんじ」オンリーの同人誌即売会。

ここ数年は毎回千サークルを超える人気で、作年からは東京ビッグサイト開催となり、今年は過去最大の5500サークルが集まったとのこと。パンフレットには「申し込み時点では6000サークルあり、500サークルの落選が起きた」とのことで、イベントとしての人気ぶりを実感します。

人気の噂を聞きつけ昨年はじめて一般参加し、今年ものこのこ参加しました。

国際展示場駅には10時50分くらいに到着。やぐら橋手前からイベントの列形成があり、そのまま並んで移動。東駐車場の列待機所には11時ちょうどに到着。イベントは11時開場でしたが自分の列はそのまま待機し、11時30分ごろに列が動き始め、11時45分ごろにはホール入場。

あんまり急いでなかったので「開場後に並ぶでいいやー」と現地入りしたので、そんなもんだろうと思ってましたが、まーでも行列すごかった。今年はスパコミ2日目も一般参加したけど、確実にそっちより待たされた。

とはいえ、スタッフの誘導がおぼつかないということもなく、あちこちにきっちりスタッフ配置されていて、指示内容も危なげないものだったと思います。夏時期の開催ということもあってか熱中症治療テントも立ってましたね。

とにかく人が多い! ホールに入ってからも常に人混みで、芋洗いというわけではないがその一歩手前ではあった。ホール内の冷房がかなり効いてたのは幸いでした。

懸念事項だった、昨年参加したときは「この規模のサークルを、角でも端でもない島中において大丈夫か?」で現地行ったら島のど真ん中で列ができて通路が塞がる……という光景にいくつかぶつかったんですが、今年はかなり改善されてたように思います。

適切に混雑サークルが誕生日席や島角に配置されていたと思うし、「このサークルが島中かあ」と現地行ったら通路が他よりかなり広く取られている場所で、列を逃がせる構造になっていたり。あちらこちらで長蛇の列は起きつつも大きな通路に流されていて、昨年のような細い通路の真ん中で詰まるはほぼ見なかったかな。

今回からスペースの一角に企業・企画ブースがあり、ファンメイドの痛車というか、キャラクターイメージでペイントされたリアル車とバイクがずらっと展示されてて壮観でした。こういうのはオンリーイベントならではだなあ。

私の一般参加の戦果としては95点というところ。去年より早めに入場できたので成績良かったです。買えなかったとこは開場30分持たなかったらしい……そういうのもイベントの楽しみ……でも買えなかったのは悔しみ。

スパコミ参加した時も思ったけど、やっぱりイベント行けると元気出るな〜。下半期は自分もサークル参加予定なので頑張ります。

2025年6月20日 この範囲を時系列順で読む

熱狂!にじさんじ甲子園2025がはじまったぞ~

熱狂!にじさんじ甲子園2025がはじまったぞ~

また夜な夜な野球実況をみる夏の日々です。



コナミがだしている野球ゲーム「パワフルプロ野球」シリーズを使って疑似的に甲子園トーナメントをやろう! というゲーム企画。

選抜された配信者が監督となり、選手育成と試合の指示のみで戦うというもの(選手たちはすべてオート操作) これがねーおもしろいねー。

パワプロというとピッチャーやバッターの操作も可能ですが、そこをオート操作にすることでアクション性のゲームスキルによらない内容になってるのが良いですね。そっちはそっちで難しさはあるものの、おかげでプレイヤーのすそ野は広く、参加者も老若男女とバラエティーに富んでいます。

今やいろんな形で展開する人気の配信企画ですが、自分はその中でもにじさんじ主催のものをここ3年くらいみてまして、すっかり夏の企画として自分の中で定着しています。

野球実況というと家族の中に野球ファンがいるせいで、特定の時期になるとナイター実況でテレビを占領されることに煮え湯を飲まされ続けてきた人生でしたが、たまにみる試合自体は面白いなあとは思ってた。夏休みに見る甲子園も楽しかったしな。

とはいえ野球ファンになるということもなく、ぼーっと見てた程度でしたが、3年前にたまたまみたにじ甲実況が、まさに野球実況の面白さが再現されててすごく楽しかったんですよね。

野球というある種のターン制ゲームにおいて、ターンの合間で「あーじゃないか」「こーじゃないか」と観戦者も考えながら試合を見守る感じが「野球」だなあと。いうて、ライブ配信だとコメントできちゃうから、実際にこの「あーじゃないか」「こーじゃないか」を書き込む人が続出して空気悪くなったりするけども! そこはみんな! 空気読んで!!

そういうわけで今年も楽しみます。推し学校を作ると勝ち負けがつらい…と察しているので、あちこちいているだけですが、それでも十分楽しいです。

2025年6月15日 この範囲を時系列順で読む

Switch版「Stardew Valley」を100時間くらい遊んだので感想書いとく

Switch版「Stardew Valley」を100時間くらい遊んだので感想書いとく

実際は130時間だけど、三桁超えたら誤差誤差。

Stardew Valley | My Nintendo Store(マイニンテンドーストア)

都会の会社員勤めに辟易していた主人公が、廃れた農場を引き継いで復興を目指すファーマー系ゲームです。

元々はSteamで配信されていたインディーズゲームでしたが、いまや大ヒットして各プラットフォームで遊べます。ずいぶん前にセールで買って放置してたんですが、ふと思い立って遊び始めたのが約2週間前……生活のほぼ全部をつぎ込んで遊んでしまってる。

初期に持っている開拓アイテムがSFC版牧場物語まんまやないかーいと思わずつっこんだんですが、制作者インタビューを読むとしっかり牧場物語、および派生作品のルーンファクトリーのプレイヤーであるようで、この分野のパイオニアにしっかりリスペクトしているんだなと。ちなみにSFC版牧場物語は、Switchオンラインで遊べるので見比べてみると楽しいですよ。

私も牧場物語は好きで、この分野のゲームはちょいちょいと遊んでいますが、スターデューバレーには「SFC版牧場物語がこうだったらなあ~~」の夢が詰まってるように感じました。

当時の牧場物語、3年縛りでクリアとなり、今遊ぶと「軌道に乗ったな」と感じたあたりでゲームクリアになるんですよね。スタバレも3年目にちょっとした節目がありますが、そこでクリアともならずに延々遊ぶことができるし、実際にそれでは終わらないほどのイベント数やステージ数があって、とにかく物量がすごい。やってもやってもやることがあふれてくる。

この手のゲームの最大の特徴ですが「何かを達成して終わる」といいよりも、「何かを構築してうまく続ける」がゲームの目標になりがちなので構造的に終わりがない。だから既存ゲームは時間制限などを設けてエンディングとしがちだけど、スターデューバレーは元の構造に忠実で「遊べるならいくらでも遊んでいいです」を提示しているように思います。だからまあ一方で、各プレイヤーが「ここでいいか」と思ったらどこでも終われるゲームでもある。

そんなスタバレのほかにない、作品の特徴として感じたのが住民たちとのイベント。20人以上いる町の住民たち、最初はグラフィックの癖に驚くし、かなりつっけんどんな態度で接してくる。なんかこの辺は英語圏の接し方っぽいなあと感じてましたが、少しずつ交流を重ねて好感度を上げていくと、ものすごい数のイベントが発生するしその内容に圧倒されます。

奔放な少女は家族からの抑圧を感じながら冒険にあこがれている子供で、優しい女性は離婚経験があって他者に対して臆病になっているし、気難しいじいさんは不自由な自分の身体にいらだち、飲んだくれのおばさんは職にあぶれて酒を飲むしかなく、親しげなおじさんは元兵士で従軍経験がありいまでも大きな音に毎日怯えている。いろんな形の「ままならなさ」にみな苦しみ、それでもなんとか穏やかに生活をしている。

なんというか、最初こそ「田舎でのんびり農場経営して癒される」というストーリー展開に思えたもののの、主人公も含めた住民たちの背景は過酷で。その中で折り合いをつけて日々を暮らしているのがこの谷の生活でもあって。そこに触れることこそ、このゲームが提示する「癒し」なんじゃないか。

そういうことに100時間経過したあたりでようやく見えてくるからこのゲーム怖いよ~~~~~~。

まだ全然飽きてないけどそろそろ私の生活に戻らないと色々ヤバいので、その節目としてこの記事書きました。今の牧場続けたいけど、新しいマップで新規で始めたさもあるな~。まあほんとすごいゲームですよこれ。
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