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南柯そう/仲村のなんとかその日暮らしログ

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2026年2月6日 この範囲を時系列順で読む

ぜんぜん元気

ぜんぜん元気

鼻がじるじるだし、リンパ腺が腫れてちょっと熱っぽいけど全然風邪じゃない。

数日前にメンタルが不安定でやば〜と思ってたら、多分あれ風邪の前兆だったんだろうな。全然風邪じゃないけど。

ネット断ちと言いつつ、予定してた更新などで結局ネットにはいたんですが、更新終わったらすぐ離れてバタッと倒れるみたいな日々です。もしかして風邪かもしれない。

ニンダイをチラチラ見ていたのですが、「一時期のスクエニは野村or直良氏の絵ばかりだったが、近年は生島氏のターンなんだなあ」と思ってました。評価されて勢いのあるチームがわかりやすすぎる。

2026年2月1日 この範囲を時系列順で読む

目に入るすべての情報に対して意見いいたくなってる

目に入るすべての情報に対して意見いいたくなってる

たぶんメンタルが疲れてる。

わたくし、二十世紀末から四半世紀ほどネットを毎日徘徊しているにわかネット民なんですが、その辺から「目に入った誰かの発言に物申したくて仕方ない」という癖があるという自覚がありまして。その中身は、別に相手の意見を徹底的に否定したいわけでもなく、「そうだよねーわかるー私はねえ」と肯定のように見えて話題を勝手に乗っ取るという、かなり厄介な傾向があります。

「この考え方ヤバいな」と感じている自分もいるので、普段はある程度抑えこんでいる(抑え込んでいるよね?)のですが、何かの拍子にぶわーっと表出するときがある。

自分としてはなんだろな、赤ん坊が目に入ったものとりあえず口に入れてみて試すみたいな、あれに似てるなと思っている。目に入ったもの耳に入るもの、例えば街中の広告とか、となり歩いてる人たちの会話だとか、普段なら脳内で「ないもの」と処理されるのにこの時だけは「あるもの」の箱に片っ端からいれちゃって自動で処理が始まる感じ。最初は気づかないけど気づけば普段以上の負荷がかかって頭がぐるぐると回り出して変になってくる。

そういう衝動、ネットのおかげでWEB日記やブログに書いたりすることで発散していた時期もあるんですが、「それ関わらん方が絶対いいよ」ってやつにも食いついちゃうので、サイクルの速いSNSの世の中とは本当に相性が悪い。

急に「それ」がきたので、その発散と、宣言としてこれ書いてます。数日ネットみません。見ないっつっても数日だけだからネット廃人ほんとよくないよな。

2026年1月29日 この範囲を時系列順で読む

映画「ウォーフェア 戦地最前線」をみてきたよ

映画「ウォーフェア 戦地最前線」をみてきたよ

結構前にな! うだうだしてたら感想書いてなかった。



https://a24jp.com/films/warfare/

<極限の95分、映画史上最もリアルな戦場に、あなたを閉じ込める>
2006年、イラク。監督を務めたメンドーサが所属していたアメリカ特殊部隊の小隊8名は、危険地帯ラマディで、アルカイダ幹部の監視と狙撃の任務についていた。ところが事態を察知した敵兵から先制攻撃を受け、全面衝突が始まる。反乱勢力に完全包囲され、負傷者は続出。救助を要請するが、さらなる攻撃を受け現場は地獄と化す。本部との通信を閉ざした通信兵・メンドーサ、指揮官のエリックは部隊への指示を完全に放棄し、皆から信頼される狙撃手のエリオット(愛称:ブージャー・ブー(鼻くそブーの意))は爆撃により意識を失ってしまう。痛みに耐えきれず叫び声を上げる者、鎮痛剤のモルヒネを打ち間違える者、持ち場を守らずパニックに陥る者。彼らは逃げ場のない、轟音鳴り響くウォーフェア(戦闘)から、いかにして脱出するのか。


こちら、過去にも感想記事を書いた映画「シビル・ウォー アメリカ最後の日」と同じ監督作品です。

予告や紹介文を見ると、まるで「アメリカ兵の困難」が主体の映画であるようにみえるんですが、実際にみていると「急に殴り込んできた外国兵に生活圏がめちゃくちゃにされるイラク人たち」という切り取り方も非常に強い映画でした。まあ実際それはそう。 

紹介では「危険地帯」と表現されていますが(それも実際に武装した人たちがいる地域ではあるんだが)、しかして序盤に描かれるのは本当に何でもない住宅街で。

昼には住民が道を行きかい、外では買い物や飲食を楽しむ普通の街の、なんでもない住宅に泥棒のように集団で押し入り、家の壁や扉を勝手にぶちこわし、銃をもって住民たちを閉じ込める様とか、知識では知っていたんですが改めてみるとなんかもうさあ、お前らさあ……という気持ちが自然とわいてくる。すげーなほんと。

この話を作るにあたり、実際に従軍した兵士たちの証言や、イラク側の住民らにかなり細かくヒアリングしたとのことで、つくりとしては限りなくドキュメンタリーっぽいんですが、なんとも不思議なことにバッチバチに「映画」をしています。

わかりやすい波のある展開やドラマ性があるわけではないのに、きれいに三部構成になっている脚本だったり、伴奏や露骨な効果音はないのに完璧な音響設計、現地の立地を完全再現したというのに絵画のように構図の決まった絵作りだとか、きちんと作りこまれた「映画」で舌を巻く。

窮地に追い込まれた兵士の脱出劇というと映画でもよくあるモチーフですが、この映画がすごいのは「窮地に追い込まれて混乱し、心が折れる兵士たち」のリアルなこと。

前作シビルウォーの終盤でもまるで戦場に放り込まれたようなリアルな怖さを実感しましたが、それを全編に拡大した映画というとわかりやすいかも。

鳴り響く爆音、戦友たちの地獄のような叫び声、戦闘に巻き込まれ泣き喚く住民たちの声。呆然とする兵士たちの姿には「最終的には武勇伝」になるような勇猛さはなく、みているこっちが悲しくなるくらい「折れた」としかいいようがない様に居たたまれなくなる。

市民に無礼を働き、一応は国を挙げての目的を持ってやってきたはずの精鋭たちでも「これはもうだめだ」とみているこっちも思ってしまう。

最初に感じた「なんだこいつら、ひどいやつらだ」という気持ちが引っ込んで、「なんなんだこの戦争ってものは」と思わずにはいられない映画でした。

2026年1月28日 この範囲を時系列順で読む

アルトネリコWEBオンリー「みんなでモチコミスフィア」おつかれさまでした!

アルトネリコWEBオンリー「みんなでモチコミスフィア」おつかれさまでした!

直前まではいまのアルトネリコ二次創作てどんなもんだろうとドキドキしていましたが、蓋を開けてみれば非常に楽しかったです。

http://newnanbum60.stars.ne.jp/at20th/in...

せっかくだし、本だしたろと一冊ぶちあげました。こちらはいまもPIXIV・個人サイト上で読めます。

https://www.pixiv.net/artworks/140322658

調べてみたら、最後にアルトネリコ同人誌を出したのは10年くらい前でした。確か2020年のコミケスペシャルに参加して出すつもりだったんですが、コロナ渦の影響でコミケが中止となり、それから宙ぶらりんになっていたネタです。もし当時だせていたら5年ぶり新刊だったんでまだ大丈夫。なにが大丈夫なんだ。

今回のイベントでサークル参加者の皆さんが、本当にいろんな形式やメディアで創作活動していて見て回るのも楽しかったです。こういうところはWEBイベントのだいご味だし、アルトネリコの懐の深さだな~と。

枯れ木のつもりでサークル参加してたら、以前からみてますとコメントいただけたり大変恐縮です。いうて自分も全然まだロアルカで活動してると思ってるからね。

写真は会場の一幕から。会場の作りこみがすごかったな~。アバターは一番自分に似てるやつ選んでます。

20260128200652-natukusa.png

#同人活動

2026年1月22日 この範囲を時系列順で読む

あたまの中身がいっぱいだ

あたまの中身がいっぱいだ

という感じで追い立てられている日々です。

今週末のウェブオンリーの参加準備でどたばたしており、「タスクが積みあがっている」状態が本当に苦手で、普段よりちょっとずつ生活に負荷がかかってる感じがします。イベント前だな~って実感する。

イベント参加といえば自分は1~2月に直接参加することは極力控えているんですが、案の定、地元にドカ雪が降ってます。これがだいたい週末まで続くらしい。この時期は運が悪いと雪で現地に行く手段が絶たれてしまうので、やっぱりこの時期に遠出する前提のイベント参加は厳しいなあと。

足の心配はしなくていいウェブオンリーですが、それでも直前までどたばたするのは現地イベント参加するときと変わらないんだな~って。

そんなわけで私生活について書くことは少ないんですが、近況でした。

2026年1月9日 この範囲を時系列順で読む

この世は変わっているけど変わっていない

この世は変わっているけど変わっていない

わたくしのネット人生はだいたい1998年だか1999年ごろ、家にケーブルテレビが導入されてそのついでに定額使い放題ネット回線が開通したのと、家族がノートパソコンを買った時から始まりました。

当時は、パソコン通信やニフティサーブといった総合的コミュニティがネットの中心にあった前時代から、個人がウェブサイトをもって「1国1城があたりまえ」に移行しつつあった時代だった、と先輩方からはうかがっています。自分はその後者の時代の端っこにネットを始めたので伝聞ですけども。

それから四半世紀以上たちぼちぼち30年経つかな、というタイミングなんだけど、ふとした時に「いまって00年代のあのころだっけ」と思う時がある。

自分の人生において、90年代のマスメディアからのオタク叩き、00年代のネット上の女オタク・女叩きというのは、人格形成の年頃真っただ中に受けた「迫害」の記憶・体験であり、いまとなってはあの辺で自分の「他者観」みたいなものが形成されたな~と思う。

歴史家が後年どう判断するかはわからないけれど、ひとつひとつの事象の詳細はことなれど、あの90年代と00年代の事象はひとつなぎだったなと思う。ようは、90年代に周囲から叩かれていた人たちが、自分たちが叩かれた手法をもって別の人と叩いている。「スライドしている」と当時も思った。

なんというか、状況がそろえば「愚かなことを繰り返してはならない」という知性や善性なんてどこかにいってしまって、自分の受けた被害を他者に加害として発揮することなど、当たり前に生じるのだなって。

結構この経験は強烈だったようで、自分は今でも誰かと知り合った時、相手に対して自分が真っ先に思うのは「この人は、あの時の叩きに乗じた(もしくは乗じるような)人か?」と疑った目で見ている。

少しずつ相手のことを知る過程で、だいたいはその印象はぬぐわれるのだが、でも時折、他人のふとした言動の端っこに「あの時、叩いていた人たちの欠片」とでもいうべきものを感じて、「ああ、やっぱりか」と思うこともとてもよくあって。

約20年前と比べて人々の人権意識はどんどん改善されていっていると実感するし、20年前の先進的な考えは今の若い人にとっては「あって当たり前なんだなあ」と思うことも増えたのに、それでもまだしっぽの方にはあいつらがいるのをみて、「変わっていない」とぞっとする。

特に落ちはないんですけど、今年もそう思ったな~っていう記録です。

2026年1月6日 この範囲を時系列順で読む

新年ですけど大晦日に思いをはせる

新年ですけど大晦日に思いをはせる

これがすーーーーーごい良い。



ラジオ番組「アフター6ジャンクション」の企画で、たびたび番組出演しているしまおまほさんのご自宅に、パーソナリティの宇多丸さんや番組スタッフの皆さんで乗り込んで大掃除をしているだけの音源なんですが、すーーーーーっごい良い。

ASMRの一分野に「誰かの作業音+ちょっとおしゃべり」などがありますが、あれ系が好きな人は本当にはまると思う。

新年始まって早々ですが、心は大晦日近辺の少しのんびりしたあの空気に染まっている。うーん、とてもよい。

2026年1月5日 この範囲を時系列順で読む

だいぶ新年かもしれない

だいぶ新年かもしれない

正月は例年通りにのんびりしましたが、やっぱりまだ元日の夕方近くになるとちょっと怖い。

能登の震災からちょうど2年。まだ2年というべきか、もう2年というべきか。正月の地元ニュースもあちこちで震災に絡めた現状や、復興に向けた取り組みなどを報道しており、「もう」と「まだ」がどちらも考えてしまってました。

まあいうて、自分はもうとっくに地震があったことを普段は大半忘れて過ごしており、いまも被災地域の中心にいる人らとの意識のギャップにぶち当たることがあります。この気持ちをなんと表現すればいいのかまだわからない。

偶然にも2024年から書き始めた連用日記の一番最初は、もちろん能登の震災のことで。1月1日をめくるたびに当時の気持ちがよみがえってくるようで、怖いような、思い出しておきたいような難しい気持ちがわいてきます。

この日記ももう3年したら使わなくなって、その時は思い出さなくなるんだろうか。

新しい震災が生まれないことを祈ってやまないです。

2025年12月30日 この範囲を時系列順で読む

年末のお片付け

年末のお片付け

GmailのPOP3廃止対応を大慌てでやってきた。仕方ないとはいえ使い勝手が悪くなりすぎちゃうか。

リアル大掃除はこの時期やりません、雪降ってて寒いので。

これで本当に今年中にやらなあかんこと全部やりました。正月ゴロゴロします。
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