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あとがき 続き

なんだがどうにも漫画を描けるモードにならないので、少しでも漫画に近づくために自作漫画の話をします。

「徒花の妖精姫」という漫画を描き始めたきっかけや元ネタは過去にも書いてきたんですが、なんでああいう作品にしたのか、というのも曖昧かつ大仰だけど、うーん、なんだ、ああいうディティールになったんだろう、という自問です。

ヒロインの造形についてはもうはっきりしてます。性癖です。


ある日突然、空から美少女が落ちてきてそこから大冒険が始まる物語があったとして、その相手がどういう人物像なら一番嬉しいか、という要素で固めたつもりです。

美人で清楚で礼儀があって人当たりがいい。万人に対するスタンスが基本的に「受容」の人。

だから生み出しやすかったけれど、ある意味で表現するのは難しくもありました。自分が心から良いものを前にした時、その良さを他人に伝えようとしても、だいたい語彙力死ぬじゃんな。

なのでキャラクター造詣の指南書を読んでは、「こういう造詣を表現するにはどういう演出を着ければよいか」ということを考えていました。完全なる主観で生み出されたからこそ、表す段階では客観的な分析や技法にとにかく耳を傾けてそのとおりに実行した、つもりです。

外側はそうやって作っていって、外を作るなら中も作るじゃんね。壁と柱を作って家を建てたら、それにあわせて家具を置いていくように。

生まれた時から人生の大枠が決まっていて、そしてそれには多くの人から求められた「必要」が付随していて、年若い身の一存でそれを変えるのはきっと難しい。それに悲観するでも怒るでも諦観するでもなく、「がんばるぞい」くらいのノリで受け入れてて、結果も伴ってる人です。この辺は以前にも少し触れましたね。

他人に決められたゴールに向けて走らされて、それで結果が伴わなかったら挫折を通して反抗心も生まれたんでしょうけど、彼女の場合まあびっくりするほど上手く進むもんだから、心身ともにスクスクと育って捻くれることもなく人格が形成されました。

だからって盲目的にゴールを信望してるかっていうとそうでもなく、己の身の上の悲劇性も理解する程度には教養がある。というか、そういう教養も生育過程で植えつけられるような豊かな環境で育ったのかなと。

結果として一本道を歩くしかない人生だとしても、その道のことしか知らないより、他の道や、他の道も含めた周辺環境も知っておいたほうが、結果的に失敗は少ないでしょうという思想とそれを備えた人が、彼女の生育環境にはあったんでしょう。彼女が軍事訓練を受けているのもそういう一端です。あの世界においてもそれは極端なことですけども。

私の中で「高貴な身分という環境と、そこで生まれ育った人」とはそういう印象です。豊かで恵まれた、人智と良心が集まる環境だけど、でもその豊かさのためにこそその人自身は選択のない狭い道を歩むしかない。その裏腹さ。

物語のキャラクター評価でいうなら、順調に生きて順調に育っているので、波乱のない、ドラマのない、内面は凡庸です。物語は大なり小なり波乱が生じた結果最初と最後で変化がおこることである、みたいなことをどこの技術書でも見かけたので、じゃあ彼女にとっての最初の波乱はどういうものだろうと考えたのが、トリフィというキャラでした。

もう全部ネタ晴らしをしますけど、あのメリアの物語とはクルスと出会って動き出すんじゃなくて、メリアがトリフィと出会うことで動き出す物語です。メリアにとってはクルスは協力者ではあるけど本質じゃないんですね。

ヒロインをさらう(連れ出す)という形で物語上の悪役と障害が発生しますが、それに対してここでさらわれたら友達が報われない。なんとしてでもさらわれるわけにはいかない、というのが彼女が悪役に反抗する動機です。

仮に、友達のためという動機を彼女が得ることなく物語が始まったとして、あの悪役が現れたとしても、己に課された「国のため」という責任をそうそう放棄はしないまでも、いまよりは反抗の強度が弱かったかもしれません。

そういったIFの世界では、誰かの伴侶として生きるためだけに育てられたのに、いざその相手が、悪役に脅された結果だったり、説得に絆されてそっちへいくことを促せば、その時に彼女の心は折れていたかもしれないなと。

動機のある世界でも、具体的にじゃあこれからどうするかっていうと、何も考えてないと思います。こっちから国を乗っ取ってやるぜとか、そういう覇気があるわけではなく。でも何が出来るかわからないけど、何かしていないとやってられない。そういうものが彼女の中にあるのではないかなと思ってみています。

あと、動機のある世界であっても伴侶候補に前述のようなことをされたら彼女は傷つくだろうから、クルスには特に「当人の意思の確認」を重視してもらっています。その話もまたそのうち。たぶんこのあとがきもっと続く。

作者が作品を書き出す動機が「固定カプかきてーわ」なのに、主役の2人が物語の動機じゃないんかーいとは自分でも考えてたんですが、作品を書き出す動機と物語の動機はべべべべべつだもん! と思い込んでこれで進めました。

あくまで自分の作話なんですけど、「その2人がその2人の関係を築く、維持する」ことがロマンスという物語形式なんだと思ってますが、メリアとクルスの場合は作中時点で顔も知らない相手(制約結婚の相手)という設定にしちゃったせいで「まず2人にとってもっと身近な人いるはずじゃん?」てことで掘り下げるしかないなーって、こういう話になってました。あと、「大事な人は別にいるけど、そうはいってもこの2人でいるしかない2人」という落としどころは、自分でも描いててちょうどよかったなと思います。

良し悪しで言ったら、読み始めた人からすれば「メリアとクルスの2人がその2人の関係を築く、維持する」を期待しただろうに、思いっきり横道だったので、肩透かしさせただろうなと。カッとなってやった。反省している。


何でこんなにモードにならないかって、たぶんここ2ヶ月くらいマンガを描く中心の生活をしていて、全力でゴールしてまだ喉の奥が焼けてて、きちんと息も出来てないからだと思う。こういうときは落ち着くまでうろうろ歩き回ってクールダウンするしかない。いつダウンするかは自分でもわからない。

南科そう(ナンカソウ)

デジタルにも「アナログ感」なるものを追い求めるオールドタイプヒューマン。

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